一日一鼓【11月】2.『“ただの”17歳の誕生日』

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2023/12/01 14:30

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【2023年11月28日 投稿分】

冬の始まり告げるのは
白い息でもマフラーでもない。
僕にとってはこの朝日だった。

刺すような、
それでいて高くから俯瞰しているかのよう
そんな日差しが僕は好きだった。

今日も退屈極まりない箱の中に向かっていく。
去年も、先週も、昨日も、今日も、明日もずっとそうなんだと思う。
でも
この季節が一年に一度来るのなら退屈極まりない箱に向かうための朝も耐えられる。

「ハナ!おめでと〜!!!」
廊下から聞こえてくる甲高い声に鬱陶しさを覚えるようになったのはいつからだろう。
小さなロッカーにお菓子や写真やキラキラした何かを詰めてサプライズ…。
「Happy birthday」と書かれたタスキをかけてオモチャのティアラまでつけて。
正直言って僕には理解できない。
されてる側だって本当は
「サプライズ」にsurprisedなんてしてなくてホッとしてたりして。
なんてことすら考えてしまう。

世間の女子高生に聞いてみたい。
自分の誕生日に何も準備されていなかったら?
自分の誕生日を誰も覚えていなかったら?
そんなこと考えたことない、なんておめでたい人だって世の中にはいるんだろうけど
僕はどうしてもそんなことを考えてしまって、ゾッとしてしまう。

でもまぁ

僕の知ったことじゃない。
だから僕は、誰にも言わずにひっそりと年をとっていく。
ほら今日だって。

タスキやティアラをつけた彼女とは雲泥の差だけど、
僕も今日17歳を迎えた。
彼女と同じように一歳年をとった。

彼女となんら変わらない、ただの17歳になった。

誰かに祝ってほしいとは思わないし、
誰かに散財させてまで大して欲しくもないプレゼントを貰いたいとも思わない。

ただ…ただ一つだけ願うなら…

 キーンコーンカーンコーン

チャイムが僕の思考を妨げた。
今日も退屈極まりない箱の中で退屈極まりない時間を過ごしていく。

“ただの”17歳の誕生日をいつもと少し違うものに変えたのは
退屈極まりない1日の締めくくりに準備されていた15分間だった。

夜。
僕が乗るいつものバス停から次の停留所まで豆柴のシキブを連れて歩いてた。
そしたらちょうどバスが来て、なんだか不思議な眼差しで花束を眺める女性が降りてきた。
彼女は、いつもここからバスに乗ってくる
30手前くらいのお花屋さんだった。

僕の誕生日を盛大に祝う人はいないけど
こんなにも大きな花束を持って帰る人もいるんだ、
となんだか不思議な気持ちになる。

なんて、彼女のことを考えていたから声をかけられた時は驚いた。
「何歳?」
そう聞く彼女が愛おしそうにシキブを見つめるから
僕は17歳じゃなくて3歳と答えることができた。

「触っていい?」
真っ直ぐに(知り合いでも見るかのような眼差しで)聞いてくるから
もちろん断りはしなかった。

それからバス停のベンチでシキブの話をした。

彼女「なんて名前?」
僕 「シキブです」
彼女「シキブ?」
僕 「紫式部から取りました」
彼女「なんでまた紫式部?」
僕 「似てるじゃないですか、ムラサキって字とシバって字」
と、「紫」・「柴」を空中で書いてみる。
何も答えなかった彼女が突然笑い出した。
僕は勝手に馬鹿にされたと思った。
だって僕は紫と柴を見分けることができないくらいには頭が良くなかったから。
でも、違った。

分かんないや、どっちも。どんな字だったっけ?
あ、いや大体はわかるんだよ? でもほら、細かいところがさ…

なんて、取り繕いながら聞いてくる彼女に
僕はなんだか救われた気分だった。

僕に馬鹿だなぁって思われてもいいやって腹を括っているようで。
僕もそんな大人になりたい、そう感じてしまった。

彼女が抱える花束はどうやら職場でもらってきたものらしい。
理由はわからなかったけどこんな立派な花束をもらうくらいだから
「おめでとうございます」って言ったら
複雑そうに彼女は花束を眺めた。

「僕、もらったことないですよ。花束なんて」
あまり嬉しそうに見えない表情だったからか、励ますつもりが僕の口から漏れた言葉には羨ましそうなニュアンスが含まれていたように思う。
意図していないことだった。でも言い始めた手前、止めるわけにもいかず。

今日、誕生日だったんですよ。
でも、クラスで一番美人で元気で人気者の女の子も今日が誕生日で。
そりゃあみんなその子を祝福しますよね、僕なんかより。
別に羨ましくなんてないんです。ただ、なんかちょっと…

「何歳? 君、何歳になったの?」

驚いた。話の流れからしたらまぁ普通なんだけど、何歳になったのか聞かれたのなんて何年ぶりだろう。17歳になったことを伝えるこの感覚すら、懐かしさを覚えた。
「17歳かぁ。よし、Happy birthdayクールな青年くん」
と、彼女は花束を渡してきた。
バスを降りるときに抱えていたあの立派な花束を。
驚いて思わず受け取ってしまった。
「どう? 寂しさは薄れた?」
_寂しさ?
「君が抱えたその感情はね、寂しいっていう立派な感情なんだよ。私がずっと抱えてきた厄介な感情なんだ」

そう言って星空を見上げる彼女の横顔は、なんだか晴れ晴れしていた。
ひと足さきに気持ちが晴れた彼女の様子を見て
微かに、でも確かに「寂しい」と感じたことは僕が一番わかってた。

「追いかけてばっかりだったあの人も
 君みたいに寂しさを持って青春を生きていたのかねぇ」

なんて恥ずかしそうに聞いてくるけど
僕は彼女の「あの人」なんて知りません。
そう思いながら、僕も顔を上げた。

広がっていたのは
ティアラをつけたあの子のロッカーとは比べ物にならないくらいに輝く星々。

この花束とこの星空だけできっと僕の寂しさは埋められた。

17歳の初日に僕は知った。

僕はきっと、寂しがりやだ。

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