一日一鼓【11月】3.『花にとっての花壇は。』

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2023/12/01 14:30

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【2023年11月29日 投稿分】

「おはよう」
「こんにちはの時間だよ」
「それでも最初の挨拶はおはようでしょ?」
「いや、俺は太陽の傾きに沿って変えたいね」


「またお話ししてるの?」
そう言って本屋の紙袋を下げた彼は新しい植木鉢を窓辺に置いた。
「わ! アヤメだ! 花言葉は…」
「よい便り」
「お、流石ですねぇ」
「右から左の誰さかんとは違うので」
と笑って私を見てくる。
彼と会う週3日の夕方だけが私の生き甲斐だった。

彼は2歳年上の高校生だった。
「近所のお兄ちゃん」が「りゅうちゃん」に変わったのは私が最初に病院に来た日。
彼もまた、風邪をひいて病院にいた。
よく分からないシールをペタペタと体に貼られて
別次元に飛ばされそうな機械の中に入れられて。
不安でたまらなかった私にとって
知った顔の彼がなんだかとても身近に感じた。
お母さんに呼ばれていた「リョウちゃん」を私も呼び名として使うようになった。
あれから8年経って、リョウちゃんが高校生になった。
私は形式上中学生になっていたけど一年の5分の4を病院で過ごす生活は変わることはなく、変わったことといえば彼の呼び名が「リョウちゃん」から「リョウタくん」になったことくらいだった。

リョウタくんは運動会も合唱コンクールも文化祭も知らない私にいろんな話をしてくれた。
赤団が勝ったけど応援は黄団のが優ってたとか、
文化祭でコスプレして接客するんだとか、
バレンタインデーに教卓にチョコ山盛りに置いてあって「男子へ」って女子からプレゼントされたとか
合唱コンで負けたのが悔しかったけど恥ずかしくて泣けなかったとか。
それで私の病室で泣き出したこともあった。

そのすべての景色を私は知らないけれど
彼の話す記憶の断片が窓辺に並んだ植木鉢の花びらと重なって
とてもカラフルな、それでいて生き生きしたものとなって私の中に仕舞われた。

彼は青春の代弁者だった。

私は彼から色んな話を聞いた。
彼は私を色んなところに招いてくれた。
病室の中で、私は色んなところへ行った。

花を見れば、その匂いを嗅げば
彼の話を思い出した。
花は彼との思い出と私を繋ぐものだった。

でも

彼や、両親や、友人の来ない真っ暗な夜
病室の全く表情を変えない天井を見つめて私は思う。
全て幻だと。
彼を介して見ているものは
彼の記憶に色付けているあの景色は
全て私のものじゃない。

それを感じては、悲しくなった。

だから…そう…“だから”私は
現実逃避のために彼女たちと話すようになった。

こんばんは

そう話しかけたら
答えが返ってきたような気がした。

「今日は月が見えません」

月?

「この病院が月を隠しています」
確かに、月が見えなかった。

あなたは誰ですか?

「アマリリスです」

アマリリス…中庭の?

「ええ。あなたの言った通りワタシはおしゃべりなので」

私の言った通り…?

「あなた言いましたね。恋心を寄せる彼に。ワタシの花言葉がおしゃべりだって」

…!!

私は驚いてしまった。アマリリスが私たちの会話を聞いていたことも、私の心を覗き見していたことにも。

でもなぜか、彼女たち(アマリリスや他の花々)が話すことに対して
驚くことに私はなんの抵抗もなかった。

むしろ、救われていた。

変わり映えのない窓からの景色と
表情の変わらない天井に囲まれた
色のない私の夜は
彼女たちと話すようになってから
彩られていった。

彼は私が花と話すのを優しい眼差しで眺めていた。
なんて言っていた?
今日はアマリリスさん元気?
僕のこと紹介してくれた?
なんて、全く馬鹿にするそぶりも見せず。

そんな彼の優しさに救われてきたし
そんな彼の優しさが、好きだった。


「おはよう」
「こんにちはの時間だよ」
「それでも最初の挨拶はおはようでしょ?」
「いや、俺は太陽の傾きに沿って変えたいね」


「またお話ししてるの?」
そう言って本屋の紙袋を下げた彼は新しい植木鉢を窓辺に置いた。
「わ! アヤメだ! 花言葉は…」
「よい便り」
「お、流石ですねぇ」
「右から左の誰さかんとは違うので」
と微笑む。
彼と会う週3日の夕方だけが私の生き甲斐だった。

そんな彼が、“よい便り”を持ってきた。

「一時退院が決まりました!」

嬉しさが込み上げる。
花束を持った両親が病室に入ってくる。

「スミ、頑張ったな!」
そう言って渡された花束。
でもなぜか…花たちの声は聞こえなかった。

私の“応援団”が喜ぶ顔を見られるだけで
私は幸せだった。

15歳、
まだまだ子どもの私は
少しずつ大人になる彼のキラキラと輝く背中を見つめて
早く隣に並びたい、そんなことだけを願っていた。

どうか、どうかお願いです。
いつかリョウタくんと
青春を謳歌する日が来ますように。

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